創作童話の血は緑

人はカロリーで動いてる。
そう習った。
水にはそのカロリーがないんだって。
そう表記してあった。
でも、0カロリーある、そう考えろってことなのかな。
マイナスでは無いだけマシなのだということか?
人の中にはカロリーが蓄えられているから動けるの?
答えは偉ぁい学者さんが出しているから調べろって?
そういうの、考えるから楽しいんだよ。
間違った取り留めの無い思考、自己完結で繰り返すから紙切れ一枚ほどの厚みも無い世界が色紙の様な価値を得る。
人にはカロリーが必要。
でも水にはカロリーなんて無い。
それでも砂漠で死にそうな人が求めるのはどうしてチョコレートパフェやラザニアなんかじゃなくて水なんだろう。
動けない動けない。
カロリーはマイナスにはならないのか。
人の思考や細胞もそれだけで動くのか。
モノのエネルギー。

エネルギー [ Energie]
(1)力。力を出すもと。精力。活動力。
(2)物理量の一。物体や物体系がもっている仕事をする能力の総称。力学的仕事を基準とし、これと同等と考えられるもの、あるいはこれに換算できるもの。力学的エネルギー(運動エネルギー・位置エネルギー)、熱エネルギー、電磁場のエネルギー、質量エネルギーが代表的なもの。
(3)動力資源。

スイッチを入れても電気が無いと動けない。
そういえば人は電気信号で動いているんだとか。
眠ることも不思議だよね。
どうして意識を遮断して次につないだときにはあんなに時間が経っているのか。
結局人はパソコンやら何やらに近い。
身の回りのものはすべて似通っているのだろう。たぶん。
ロボットをわざわざ人に似せるのは何でだろうね。
便利さを追求するなら千手観音様のようにしてしまえばよいのに。
きっと便利すぎるのを怖がっているところがあるからなんじゃないかなあと思う。
人は少し不便な方が安心する。
目しょうは達成する直前が一番楽しい。
ところで人の意識や細胞のエネルギーはなんだろうかね。
動力源、それは少し表現が違うのかもしれない。
それがすべてじゃあないんだ。
だって人はカロリーがあっても意思がないと動かない。
動けと念じなくとも臓器は動くし目は勝手に物を捉えて鼻腔は勝手に覚えたくも無い香りを感知するし鼓膜は勝手に後でタイトルが思い出したいのに思い出せないような音楽を拾う。
血が通う。細胞が動く。
それらはなぜ循環し働くのか。
物体に意思はないけど、細胞にはある、・・・?のか?
細胞は物体?世の中全て物体か。
恐ろしい数の細胞で構築された人間。
その数の細胞を死ぬほど働かせて死んだら即座に捨てて
私はそこまでの細胞を犠牲にして存在する価値があるのかどうか。
はどうでもいいとして。
なんでしょうなんでしょう。
一度動いた細胞は切り離しても皆で共鳴しあって動き続けるとかしたら良いのに。
キモチワルイケド。
意識意識意識人って何?

今日はやめておこうかな。なんて、ね。
これ以上はまた考えよう。

「そういえば、創作童話の血は緑なんだとか。」
「うん?」
「じゃあ、音楽家の血は何色なんだろうなあって」
「・・・え、と?」
「ほら、創作童話の血は緑・・・」
「それは分かったけどさ、どうして音楽家になったのかと」
「?」
童話作家の血じゃなくて創作童話の中に出てくるモノの血の色かなって」
「!あ、じゃあ作家自体の血は赤なんだ?」
「いや、わからないけど」
「ああーそっかー」
「・・・なんか、つまらないやつでごめんね」
「いやーいいよ」
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「黒」
「おう?」
「黒だと思う」
「・・・ああ、音楽家の血。」
「たぶん黒だよ」
「そうかもなあ。あんたがいうとそんな気がするな。」
「・・・うん。」
「はは、ありがと」

黒という答えはいかにも彼らしくて
笑えた。
妙に納得のいく答えだった。
なぜ彼が黒といったのか深い理由どころか表面上の理由も知らないけど。もしかしたら理由なんて本当に無いのかもしれないけど。
彼が言うのならば音楽家の血は黒なのだ。

[創作童話の血は緑]
http://roo.to/zwm/

          • -

2008.03.28 Friday に書いたもの。